2016年7月17日日曜日

【経営】しなやかに、丈夫に、生きていく Bambrook

一年前の6月に起ち上げたBambrookは、映像制作と出張ワークショップサービスの事業から始まりました。

それは当時携わっていた静岡大学テレビジョンでの動画制作や、静岡県立美術館実技室の助手のバイトが契機になっています。

静岡大学テレビジョン
http://sutv.shizuoka.ac.jp/
静岡県立美術館http://spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/japanese/

美術館での、実技室インストラクターであり小説家の吉村さんとの出逢いをきっかけに、2人で本格的に事業所として立ち上げを決意しました。

次第にチラシのデザインを請け負うことも増え、今ではそれに加えてプロジェクションデザイン(プロジェクターの映像投影による空間デザイン)の仕事も行うようになってきました。

Bambrookhttp://bambrook.jimdo.com/

「デザイン」、「ワークショップ」は出身大学が教育美術であったことからスキルとして身に付き、「プロジェクションデザイン」は作家としての活動が元になっています。「映像制作」は静岡大学テレビジョンでのバイトを通じて独学ながら手順を学んでいきました。

こうして考えるとBambrookのこれら各事業の関連性には、明確な必然性というのは無いわけです。
一つのビジョンの中で進められたものではありません。

ただ一つ言えることは、谷正輝という「個人の持っている素材を使ってできること」が仕事にならないかと、必死になって模索した結果であります。

しかし結果的に「デザイン」、「ワークショップ」、「映像制作」の3つは、仕事をつくることの土台作りにとても効果的な要素ばかりではないかと、現在では思うのです。


1.デザイン

デザインでは、グラフィックであれプロジェクションであれ、とどのつまりは『魅了』させることが実践されます。

どんな仕事であっても、その中には人を魅了させる核が必ずあるはずです。
デザインはその核をあぶり出し、クールに魅せることだと考えています。

方法はビジュアルであるかもしれないし、構造であるかもしれないし、関係性であるかもしれません。
様々な形で仕事をクールに魅せることは可能です。

「魅了」させることを実践することで、自分たちのやっていることへ誇りをもち、顧客の興味を惹かせ、新たな仲間の眼差しも得ることができるでしょう。




2.ワークショップ

ワークショップでは、『実行力』が実践されます。

まずは内容を考えたり当日の計画をしたりなどプランニングはもちろんのこと、ワークショップに参加する子どもの反応などを「予測」することが必要とされます。

そして当日開催時での進行や対応などの、「対人処理」が実践されます。

開催後にはその日の反省は必ず行います。
ワークショップであれ授業であれ、必ず思った通り100%良いものができることはありません。

予測を超えた表れが起こったのであれば、それを含めた「再考察」を行わなくてはなりません。




3.映像制作

映像制作では、様々な捉え方があるとは思いますが、やはり主に『記録』が実践されます。

記録された映像で最も多く活用されるのは「広告」でしょう。
何かを行う、何かを実践するにしても、それを認知してくれる人たちを集めなければ孤独な一人遊びです。

または「プレゼン」を行う時に効果的な資料としての活用が考えられます。
今後はインターネットでの動画メディアは更なる広がりを見せるでしょう。動画さえ作っておけば、いつでもどこでもスマホ片手に自分の仕事や活動をプレゼンすることも可能なのです。

そしてyoutubeなどの動画サイトへアップした映像は半永久的に「アーカイブ」として残しておくことができます。
自分たちの行ってきた仕事や活動などを、大きなサイクルで見た時には、いつかそのアーカイブを見返して再考察しなければ前に進めない日がやってくるはずです。






以上、1.デザイン、2.ワークショップ、3.映像制作から抽出されることとは『魅了』、『実行力』、『記録』という要素だと考えています。

これに関わることによって、次第に「仕事をつくる」ことを現実化していく力がついていくのではないでしょうか。
そう考えた時、本当のBambrookの正体というものが見えてきたような気がするのです。

それは、「個人事業の集合体」ではないかと。

集合した時点で個人事業ではないのではないかと、言葉の定義を元に問いかけられると困るのですが、つまりは「個人が持っている素材=仕事のタネの芽を出すための場」がBambrookなのではないかと思うのです。

Bambrookは、「Bamboo(竹)」と「brook(小川)」を掛け合わせた造語です。
Webサイトでは紹介の言葉として、

「生きる」こととは何なのか。
その術と意味を、私たちは想像し認識し、意志を抱いて選択していきます。
そして他者と出逢い、受け止めつつ再考察し、更に進んでいきます。
しなやかに、丈夫に、この時代を生きていきます。

と載せています。
最後の一文の「しなやかに、丈夫に、この時代を生きていきます」という言葉が、端的に全てを表していたのかもしれません。


つまり『しなやかに』とは、個人が持っている素材=仕事のタネが、Bambrook自体を多様な事業所として未来に生き残る術を増やしていくことを意味します。

『丈夫に』は、共にその花を開かせ輝かせることであり、一事業として継続的にしっかりと運営されることです。

『生きていく』とはそのままの意味で、それまでの間はそこにある土(今は僕の映像制作やワークショップやデザインなどの仕事)で根を広げ、育っていくこと、今を生活して生き延びることです。


総じて考えると、Bambrookには共に花を咲かせる仲間が必要なのです。
今はたまたま僕と吉村さん、それぞれのスキルが集まって、デザイン、映像制作、ワークショップが行われているということです。

今の時代ではどこか安定した企業へ就職することが仕事の全てかのように、みんな血眼になって内定を勝ち取ろうと必死になることが当たり前になっています。

大企業への就職自体を否定しているのではありません。
ただそれだけが方法ではないということについて、僕は一つの可能性を実現する場を提示すると共に、自分自身が生き残る方法を仲間からも貰おうという手段を実践してみようと思っているのです。

このような身の立て方は、企業の終身雇用が崩壊した今の時代、仕事をするということの選択肢として、そうではない他の何かとなり得ると思うのです。


開業から1年。
自分たちの行っていることがどのような展開をしていくのか、またはどのような意味をもつのか、考えましたが無理でした。

意味なんてありません。
僕はただこの時代で生き続けるための術を、周りから学ばせてもらいながら、自分の最も得意とすることで仕事にしていくことを望むだけです。

そして同じように思う仲間と共に、支え支えられながら生きることを望むだけなのです。

2016年7月11日月曜日

【アート】芸術の余白と京都駅のホーム、来年の個展にむけて。

自分の次なる段階には、ある種の余白が必要だということは分かっていました。ただ修了制作以来、自分の手にあまるものは絶対に許さない責任感が先行し、その余白を自分がどう受け止めるかが問題でもありました。

そんな中で李禹煥の『余白の芸術』を読みながら京都へ。
 ちょっとしたミーティングと京都芸術センターへ行くために。

道中、ホームで電車を待っていると、なるほど実はこれでいいのでは? という感覚がありました。

京都駅のホームは混み合います。
 電車を待つホームの列に並んでる際、みんな列のつながりを意識してか、それとも横入りされるのが嫌からか、全く隙間を空けずに並ぶのです。


こういう時、僕は時々前の人と少し間を空けて立ってみます。
 そうすると、ホームを突っ切って歩いている人は、その間を見つけて通って行くのです。

間がない列がホームにあると、なかなか人の流れも悪くなり、列自体の形もバラついてしまいます。
 もしかしたらホームを歩く人は、踵を返して反対方向へ向かうかもしれません。


この間を余白と見たらどうでしょう。
 そして列を作品としましょう。

人は列の間をみつけると、逆にそこへ吸い寄せられるように向かい、そして通過していきます。
 その時、列には大きな歪みや乱れは起きません。

作品に余白があれば、逆にそれは求心的となり、そこを他者が通過する際には作品に大きな摩擦と乱れが発生することもありません。

この余白の方法論として、「身体」、「時間」、「他者/環境」、そして「試行の半永続」が今のところ考えられます。
最後の「試行の半永続」は修了作品展時に行っていたもので、おそらく一つはこの追及に自分がすべき方向性があるようにも思われます。

《鉄塔Ⅰ》(2015)は、修了制作展(といっても作品だけ出して休学)に出展したもので、その際表彰された作品へ、パフォーマンスとして自分自身が関わり、更にそれを撮影しておいたり、パフォーマンスの軌跡となるものを後に見返したりしました。
そこから次なる作品や行為への手がかりを見出し、形にしていきます。




ここではかなり意図的に「私」を分離し、外側へ外側へいくつもいくつも、客体化を促しその瞬間にまた別の「私」となるような行為を繰り返してきました。
平たく見れば作品を作る都度、自分自身の文脈づくりをストーリーテリングのように書き出しているような、単純なことのようにも思えます。

これがしたいことなのか、その時には分からなかったし今でも分からないのですが、とりあえずそれからしばらくたってからの制作には、かつて見出そうともしていた余白がまた見えなくなっていました。

しかしそれから1年が経った今では、簡単に言うと、次元の違う、目に見えないもの感じられないものを確実な形にアウトプットすることもできないので仮の形に目の前に表す、ということをしているわけです。
それが目の前に現れた瞬間、それは直ちに現実世界と融合し、その仮設性と実体性を侵食し合いながら、あらたな実体として現れるのです。
(詳しくは2016/6/13〈「仮設」を探る。〉へ)

この新たな実体として現れる一歩手前の瞬間を、他者へ委ねてみることも考えてみました。
来年、2017年3月下旬に、静岡のノア・ギャラリーさんで個展を開催する予定です。
【ノア・ギャラリー】http://noah-design.net/noahgallery/

要するにその際、他の身体表現者との関わりを持った中では、この仮設性と実体性がどういった融合を見せるのかを感じたいのです。

「その日のための試行 For the day」↓



まだどういったものになっていくのか、それをどこまで静岡という地で行うにあたってプロデュースする必要があるのか、これから作り上げていかなければなりません。

また仮設性と実体性がうまく侵食していくその場を作るためには、まだまだ行為も素材もしっかりと捉える必要があると感じています。
それは李禹煥の「出会う」瞬間のための抜き差しならぬ行為と素材の選定という、明確な意思をもちつつも、最終的には「理念の実現」というコンテクストの否定という、受動と能動を兼ね備えた状況への開放と意を同じくします。

でもそれがどんなものになるのか、今の僕にはまだ分かりません。
来年の3月までにはいくつもの試行と共に、その時点でのあらましを見せようと思っています。

ただ一つ言えることは、作る度に感じる、まるで喉に刺さった小骨のような何かが、ようやく取れたような気がするのです。

来月8月には1ヵ月ほどイギリスへ行ってこようと思います。
そこでまた色んな意味で打ちのめされるのでしょうが、それも含めて、学外初の個展となる3月下旬へ向けて全力を投じようと思うのです。